September 03, 2005

CIT:転籍に、各部門の間の厚く固い壁(2005/9/3日経朝刊:高橋治「ひと模様映画模様」から)

2005/9/3日経朝刊:高橋治「ひと模様映画模様」から

「この転籍(堀内真直監督の松竹京都撮影所から大船撮影所への)に関しては、なにごとも自由を尚ぶ撮影所らしくない面があった。厚く固い壁が、各部門の間に立ちはだかり、自由な交流をはばんでいたのだ。」
「常に人手不足で悩んでいた助監督の場合も、正式な入社試験以外の方法で入ってくる人はほとんどいなかった。……撮影部から一人、制作進行部から一人、転籍を果たしたが、その希望に関し、なん度も会議が重ねられた。……特に、撮影所からの人に関しては、木下恵介監督の強力な推薦があったにも拘わらず、なかなか受け入れてもらえなかった。」

「堀内の場合は、どんな理由があったにせよ、京都でも助監督だったのだから、戸を閉ざされる理由はない。だが、堀内の計算に無かったことが大船に待っていた。京都での経験年数は全く計算に入れてもらえずに、名札を一番下に下げられた。……いつ訪れてくるかわからない監督のチャンスを待つ身には、これまでの分はゼロといわれたら、殺してやりたい思いになるだろう。」



10:46:55 | akybe | comments(0) | TrackBacks